今回は、これからの自動放送が目指すべき、放送に使える時間に応じて流す情報の取捨選択を行う賢い自動放送のお話です。
たとえばですが、たったいま電車が到着したけど、ほんの数秒遅れていたのでもう出発時刻が来てしまう、なんて場面はよくありますよね。
そんな切羽詰った状況下、肉声放送で案内をするなら早口で全部言ってしまえば済みますが、プログラムされたことしかできない自動放送ではそんな融通は利きません。
では実際問題として、自動放送なら何を流すかご存知ですか?
到着放送と出発放送、どちらを流す?
事例1 JR西日本 SUNTRAS型放送
まずはJR西日本の事情を見てみましょう。
「島本、島本です。お忘れ物の無いようにご注意ください。乗り降りのs......1番のりばから、普通・神戸方面加古川行きが発車します」
JR西日本のSUNTRAS型放送は、出発放送を設定された時間にキッチリ流す、設定時間を過ぎていたら流さないというかなり割り切った設計です。
到着放送の途中だとか、駅名すら言い終わっていないとか関係ありません。流す時間が来たら出発放送を流します。でも流す時間を過ぎてたら肉声放送で勝手に補ってください、というスタンスです。
出発放送が流れる時間は各駅で設定することができます。初期設定では出発時刻の14〜17秒前(種別により異なる)に流れるようになっており、このタイミングで電車がまだ停まり切っていなかったり、到着していなければ出発放送はカットされます。
この十何秒前に流れるというのがミソなんです。たとえば13時15分00秒に発車する電車があるとすれば、それは15分00秒ちょうどにドアを閉めるのではなく、15分00秒に動き出すことを意味します。
ということはそれに合わせて14分50秒くらいまでにはドアを閉めないといけません。これを考慮して、出発放送が十数秒前に流れるようになっているのです。賢いですね。
ちなみに例として載せた動画の場合、出発放送が流れるよりも早く戸閉めを始めているということは十中八九、早発(出発時刻よりも早いタイミングで駅を出ること)気味で運転していることになります。あんまりよろしくないですね。
補足
同じSUNTRAS型放送でも次の路線に導入されている駅放送では、出発時刻を過ぎて駅に到着した場合でも到着した時点で信号が開通していなかった(赤だった)場合、信号開通時(青になったとき)に簡易な出発放送が流れるようになっています。
JR宝塚・東西・学研都市線
事例2 近鉄 大阪統括部
比較対象として近鉄の大阪統括部(西青山より大阪・奈良寄りの各駅)の出発放送事情も見てみましょう。
JR西日本と大きく事情が異なる点として、大阪統括部の出発放送は出発時刻基準で動作するわけではなく、出発信号と連動しているという点が挙げられます。というのも、近鉄ではJRと異なり、出発時刻になって進路が開通しているからと言って出発できるわけではないのです。
カギを握るのがホームにあるこいつ。「発車承認合図器」という近鉄独自の信号標識の一種です。出発信号が開通したのち出発する指示を駅側が出すと、数秒のブザー音とともに真ん中のLEDランプが点灯します。
この合図器が作動するまで、出発信号が青でも列車は出発することはできません。なので出発放送はこの装置と連動して流れるようになっています。
ギリギリに到着した場合にどの放送を流すかについては、到着時点で発車承認合図器が作動していれば(もしくは作動する直前であれば)出発放送が、作動していなければ到着放送が優先されるという形です。
到着放送が流れている最中に発車が承認された場合、JRのように途中でカットして出発放送を流すのでは無く、そのまま到着放送を流し、出発放送は流しません。
↑到着放送実施中に出発承認合図器が動作したので、出発放送を割愛して到着放送を流しきった例。
(「国分です」の直後に発車承認合図器が動作し、ブザー音が鳴動しています)
↑到着直後に出発承認合図器が作動したので、到着放送を流さず出発放送のみを実施した例。
JRと大きく異なるのが信号と連動しているという点。ここを覚えておいてください。
以上2つを比べて終わりま「せん」
普通だったらこの2つの出発放送を聞き比べて「なるほど、時間通りじゃないといけないJR西日本と、信号の動作に合わせていつでも出発放送を流す近鉄。両極端だ」で終わるんですが、今回はもう一歩踏み込んで考えてみたいと思います。
両者とも融通利かなさすぎじゃないですか、という批判的な視点をもって考えてみましょう。
ギリギリで到着しても両方流すという選択肢はあるはずですよね。しかしだいたいの鉄道会社では、JR西日本のように途中で切るか、近鉄のように先に流れ出した方をそのまま流すかに分かれます。
どちらかを捨てて片方の放送に専念することしか考えられていない。これはどこか惜しいと思いませんか。そして、同時に流す方法はないのでしょうか。
そんなわがままをかなえてくれる素敵な駅放送が東海地方にありました。といっても
カットの仕方が賢い駅放送
そう。近鉄なんです。
兼ねてから申し上げている通り、近鉄は西青山駅より大阪・奈良側を管轄する大阪統括部と、東青山より三重・愛知側を管轄する名古屋統括部で、まるで別会社のように仕組みが変わります。
それは駅放送も同じです。名古屋統括部が導入している放送は、まさしく私が求めているものでしたのでご紹介させていただきます。
まずどういった到着放送、出発放送が流れるのかを見ていきましょう。
名古屋統括部の到着放送はこういった感じです。
①桑名、桑名です。
③8番のりばの電車は、名古屋行き準急です。
①駅名連呼
②乗り換え路線や付近の観光施設案内
③列車案内
これに加えて、②のあとに乗換列車の案内が挟まれることもあります。
①伊勢中川、中川です。ご乗車ありがとうございました。
②津・四日市・名古屋方面と、松阪・伊勢市・宇治山田方面はお乗り換えください。
②-2 五十鈴川行き急行は3番のりばへ、名古屋行き急行ご利用のお客様は、4番のりばへお回りください。
③6番のりばの電車は、東青山行き普通です。東青山まで各駅に停まります。
①駅名連呼
②乗り換え路線や付近の観光施設案内
②-2 乗換列車の案内
③列車案内
*太字下線部は折り返し列車でのみ流す部分。
以上、最大4つの案内が流れます。大阪統括部の放送と比べて内容が充実していますよね。言い換えれば、流しきるのにかかる時間も増えているわけです。
ちなみに名古屋統括部の出発放送は、
8番のりばから、名古屋行き準急が発車します。
大阪統括部と同様に超単純な内容です。
果たしてこの放送をどう落とし込んで、到着放送と出発放送を両方流しているのか見ていきましょう。
伊勢中川、中川です。
大阪・奈良・京都方面はお乗り換えください。
4番のりばの電車は、名古屋行き特急です。
↑カット
4番のりばから、名古屋行き特急が発車します。
桑名、桑名です。
6番のりばの電車は、四日市行き準急です。
↑カット
6番のりばから、四日市行き準急が発車します。
湯の山温泉方面と、四日市あすなろう鉄道線はお乗り換えください。
3番のりばの電車は、名古屋行き急行です。
↑カット
3番のりばから、四日市行き急行が発車します。
きれいに放送が文単位で切れていますよね。これ、別に偶然このタイミングで出発承認合図器が動作したわけではないんです。
編集点を設ける
名古屋統括部の駅放送では、到着放送実施中に出発承認合図器が作動した場合……つまり到着放送実施中に出発放送を行う時間になった場合は、どこで到着放送を切るかが決まっているんです。
無闇に到着放送を途中で切るのでは無く、意味が通るように文の終わりまでキッチリ流してから出発放送に移ります。つまり“編集点”という概念が自動放送に設けられているんですね。
このおかげで駅名連呼がほぼ流れるようになっています。到着した駅がどこかわからないなんてことは起こりえません。また放送が途中でカットされないため、重要な情報が途中で切られて聞き取れないなんてこともありません。
これは言い換えれば、名古屋統括部は駅のアナウンスを機械的に流す雑音では無く、意味をもって流す音声案内として重視しているとも言えます。
切迫した状況の中でいま提供すべき情報は何か、その取捨選択が放送システムに組み込まれているというのはあまり聞いた事がありません。非常に素晴らしい試みですね。個人的にはすごく好きです。
内容の調節を行う駅放送は他にも
近鉄の名古屋統括部の駅放送以外に、放送の内容を自動で調節できる駅放送はないものか。
記憶の限りで探ってみると次の放送が思い当たりました。
山陽新幹線の駅放送です。先発列車が出てから次の列車が入るまでに概ね5分以上余裕がないと、次列車の接近放送が簡易な内容に切り替わります。
たとえば「新幹線をご利用くださいましてありがとうございます」といった挨拶類。簡易な放送では必要ないとみなされ全カットです。
英語放送はもっと顕著です。フルで流す場合には号車番号、自由席号車、喫煙ルームがある車両、停車駅を事細かく流すのに対し、簡易な放送では列車名と行き先しか流しません。
削り方が極端すぎますけども、たしかに情報の取捨選択を行うという点では当てはまっているので紹介いたしました。
自動放送だからって機械的に一から流して、流れきらなかったら途中で切ればいい、なんて時代はもう終わりました。これからは放送システムが尺に合わせて内容を適宜調整する時代です。
アナウンスを単に雑音で終わらせないためにも、利用者が理解しやすいかどうかに焦点を置いたシステム設計をしていただきたいものですね。
今日はこの辺で。