的外れな英語放送

日本国内でようやく充実してきたと言えるようになり始めた、車内での多言語案内放送。
日本語に続けて英語を流すことで訪日観光客にも利用しやすくすることが当然の目的であるわけですが、今この英語放送において少し見当違いな訳をした放送が広まっているのです。


英語放送を設計されている方がもし見られましたら、今一度あなたの訳を見直してください。

その訳は「ここからここまでが○○線とわかったうえで」などと路線図が頭に入っている前提で作られていませんか?

その訳の地名や路線名を見知らぬどこかに変えても、他の人が理解できる案内になっていますか?

その訳は簡潔に意味が伝わる訳になっていますか?

何より自己満足の訳になっていませんか??


英語放送は日本語での案内とは相反し、その路線に全く慣れていない人向けに懇切丁寧に流すことができなければ意味がありません。日本語の文章を日本語と同じように考えないといけない時もありますが、それ以前に英語のルールに則って訳さないと意味がないのです。

今回は日本国内で聞くことができる少し的外れな英語放送を2点取り上げてみました。

長すぎる「まもなく」問題


駅に接近した時に流れる「まもなく」の放送のお話です。この表現が日本国内の多くの鉄道会社で用いられているという現状に驚きを隠せない外国人も多いはずです。リスニングテストじゃないんだから、と。


まずは日本語で考えてください。私たちは何気なく、それこそ主語も動詞もなく「まもなく大阪です」と、単語を羅列して「です」を付けるだけですべてを理解します。

対して関東で言えば東急、愛知で言えば愛環、関西で言えばJR西日本など、多くの会社で取り入れられている放送スクリプトをご覧ください。


We will soon make a brief stop at Aikan-Umetsubo.

We will soon be making a brief stop at Osaka.


日本語で「まもなく大阪です」と言うのにこれだけの単語量が必要でしょうか。冷静になってよく考えてください。

この放送文は直訳すると「(私たちは)まもなく大阪にて、少しの停車を設けます」と流しているのです。(この場合のWeは形式的な主語で特に意味はありません)

あえて主語、動詞の構造をとり、しかも動詞句に至っては未来進行形を使って長さに追い打ちをかけています。「おいこら待て」と。


この通勤列車で聞くには回りくどくて誰しもが嘆きたくなる放送文が、こうも日本の北から南まで広まったのには大きな理由があります。

この放送文を初めて使用した路線が路線だったのです。
何を隠そう、日本国民の2人に1人は使ったことがあるであろう大動脈、東海道新幹線の「ひかり」号だったのです。これを聴けばなぜこの放送文が生まれたのかがお分かりになるでしょう。


We will soon be making a brief stop at Nagoya.

「まもなくしますと、名古屋で少々の停車を設けます。」

つまり元々は
まもなくしますと = 数分のうちに
名古屋で
少しの停車を設けます = すぐに出るので降りる支度をお願いします
と、新幹線ならではの「おもてなし」から生まれた放送文なのです。

Welcome to the Shinkansenのわくわく感から始まる、まさに日本の電車旅を代表するにふさわしい名訳だったのです。


それが多くの人の耳に入ってしまった。「日本を代表する、かの新幹線がまもなくをこういうんだから絶対こうに違いない」と思考停止してしまった。

長すぎる放送文のまま、何も考えず通勤路線で次々採用してしまった結果、この現状になってしまったのです。


こういうとたまにいただく反論が「長い放送文を流すことで最初を聞き逃した人でも付いてこれるよう配慮したのでは」というもの。

それが正しかったら正しかったらで、今度はあまりにも進む方向が違います。最初に「Attention, please」と入れればいいだけです。


では改善案を提示してみましょう。対案無き批判はなんとやらです。

ご覧の通り明らかにこの放送文は通勤列車で流すには不向きなもの。


さて最短で流すとすると、やはり「Arriving at Osaka.」や「Now arriving at Osaka.」が最も短くなります。

皆様が一度は目にしたことである「Now Loading」と同じ原理です。Nowに現在分詞(進行形)を付けてあげれば、文の形でなくとも意味は伝わります。長いよりは短い方が幾分ましです。

ただしAttention, please.の後にいきなり流すと逆に「ん?」となることでしょう。そうであれば「We are now arriving at Osaka.」で大丈夫です。中学1年生で習う現在進行形で事足りるのです。

少し考えれば誰でも「この簡単な文ではダメなのか」と気づきそうなものですが、やはり新幹線の影響力と言うのは侮れないものなのでしょうか。

「合流」そして「運転継続」

関東では直通運転がかねてより盛んですが、その中でもかなり稀な例がいわゆる「5直」と言われる、地下鉄副都心線を基軸とした5社による複雑な直通運転です。

運転方法に文句は一切ありません。1つの路線から5方面へ行くことができる、なんとも魅力的ではありませんか。問題はその放送です。



(投稿者様から掲載許可をいただいております)

まずは日本語での放送文をご覧ください。


まもなく渋谷です。田園都市線、JR線、京王井の頭線、銀座線、半蔵門線はお乗り換えです。出口は左側です。

この電車は副都心線東武東上線直通、川越市行きです。渋谷から副都心線内は通勤急行です。渋谷の次は新宿三丁目に停まります。明治神宮前北参道には停まりません。

お忘れ物をなさいませんようご注意ください。本日も東横特急をご利用いただきましてありがとうございました。


かなり情報を詰め込んでいますが、その膨大な情報量の割には流し方自体はすっきりしています。

問題はその英語です。


We will soon make a brief stop at Shibuya. Passengers changing to the Den-en-toshi Line, JR line, the Keio Inokashira Line, the Ginza Line, and the Hanzomon Line, please transfer at the station.

This train will merge and continue travelling on the Fukutoshin Line and the Tobu Tojo Line to Kawagoeshi. This train will operate as a Commuter Express in the Fukutoshin Line. The stop after Shibuya will be Shinjuku sanchome.

Thank you for using the Tokyu Toyoko Line.


…なにやら引っかかる表現が多いですね。対訳同士で結んでみましょう。


 まもなく渋谷です。

 We will soon make a brief stop at Shibuya.
(渋谷で少しの停車時間を設けます)

ここは先述の通りです。


 田園都市線、JR線、京王井の頭線、銀座線、半蔵門線はお乗り換えです。

 Passengers changing to the Den-en-toshi Line, JR line, the Keio Inokashira Line, the Ginza Line, and the Hanzomon Line, please transfer at the station.
田園都市線、JR線、京王井の頭線、銀座線、半蔵門線へ乗換の方は、この駅でお乗り換えください)

果たしてもっと短くできなかったのかと。

東海道新幹線をご利用になられた方ならわかるかと思いますが、この「Passengers ~, please change trains」の言い回しも東海道新幹線スクリプトそのものです。

ここでは手短に「(Please) Change here~」で済ませば良いだけのお話。ご近所さんのJR東日本はこの点でかなり優秀です。見習ってほしいものです。


 出口は左側です。

(対訳なし)


 この電車は副都心線東武東上線直通、川越市行きです。

 This train will merge and continue travelling on the Fukutoshin Line and the Tobu Tojo Line to Kawagoeshi.
(この電車は副都心線から東武東上線へと合流し、そして川越市まで運転を続行します

ここです、ここ。問題のところです。なかなかの迷訳を披露しています。何が問題かと言われれば 全 部 です。

原因は意訳しなかったこと…といいますか、その意訳自体が明後日の方向へ向いてしまっていることでしょうか。
「乗り入れ」を「合流して運転続行」と、そこまで意訳するかと。

日本語の文章をそっくりそのままの語順で訳そうとするからおかしなことになるのです。


英語には英語のルールがあります。英語ではまず主張を簡潔に言うのです。中学3年で習う「分詞の形容詞的用法」で句を長くしすぎてはいけないと習っているはずです。
さて「分詞の形容詞的用法」で分からない方、「The stopping train is bound for Shinjuku.」と「The train stopping at track 2 is bound for Shinjuku.」で、なぜstoppingの位置が変わるのかから思い出してみてください( ・ω・)b

というわけで主張を切り離して日本語文を分解しましょう。


主張:この電車は、川越市行きです。

雑記:副都心線東武東上線直通(の)


これをそのまま英語にすればいいのです。


主張:This train is bound for Kawagoeshi
(この電車は、川越市行きです)

雑記(上記の文章に続けて):
・directing to Fukutoshin Line and Tobu Tojo Line.
副都心線東武東上線に直通する)
・going through Fukutoshin Line to Tobu Tojo Line.
副都心線を通って東武東上線に直通する)

もしくは根幹から変えて
This is a through service bound for Kawagoeshi via Fukutoshin Line to Tobu Tojo Line.
(この電車は副都心線経由、東武東上線への川越市行き直通便です)
と言うのもありでしょう。なんにせよ現状では配置が日本語の通りで分かりづらすぎます。


 渋谷から副都心線内は通勤急行です。

 This train will operate as a Commuter Express in the Fukutoshin Line.
(この電車は副都心線内で通勤急行として動きます)

ここは揚げ足取りでしかありませんが、operateなんて堅苦しい語ではなくrun asではダメだったのかと。
あとはin the Fukutoshin Lineの部分ですね。結局は「渋谷から数駅間」は通勤急行なわけです。そして通しで乗る旅客は少ない、となれば「from this station.」(この駅から)で良いはずです。


後の部分にこれほど気になる点はなかったため割愛します。


英語放送を考える上で大事な事は、(これは日本語放送でも同じことが言えますが)まずは直観的に理解できることです。
理解できない車内放送に意味はありません。

難しく考えなくていいのです。中学生レベルの英語と、少し交通に偏った単語や熟語を組み合わせればそれでいいのです。

「~行き」と言われたらbound for、「~方面」や「~経由」と言われたらvia、つなぐと言われたら「couple」、切り離すと言ったら「uncouple」。

これから新しく整備される車内英語放送が、どうかより多くの人にとって理解しやすいものとなるよう、心からお祈り申し上げます。

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